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両親の話

東京で開花宣言がされた日、一人暮らしを始めた。

友人たちに比べかなり遅いスタートだったが、職場が近かったこともあってなかなか実家を離れることができていなかった。

しかしそれ以上に、親が好きで離れられなかったと言うところが大きい。

初めて親許を離れるに当たって、どうしても親に対する気持ちを形に残しておきたい。

そう思い筆をとることにした。

この文章であなたに伝わるかもわからないし、今後消すかもしれないし、残しておくかもしれない。

ただこの時の気持ちを忘れたくないので書き記しておく。

私は、家族を愛している。

私の中の「愛」という感情を形作ってくれたのは、他でも無い両親だと強く思う。

家庭環境は一般に言う「裕福な暮らし」であったが、それ以上に大切で、人生を豊かにする物を教えてもらい、それを示してもらった。

ほんの少しではあるが、両親の話をしたいと思う。

母の話

母はうっかりすることが多いが、深い愛情を軸に持ち、人の気持ちに寄り添える女性だ。

国籍の違う父と結婚し、しきたり・考えが相反する中、あらゆる文化の違いを受け止め、また順応していった。

少し浮き世じみたところに加え、天然ボケがあり、ママ友の中でも浮くことがあったと言うことも聞く。

しかし、私たち子供たちに対し常に等身大・真摯であり続け、何が良いことか・悪いことかを教えるように努めた。そしてそれ以上に子供たちを愛そうと努力をしてくれた。

子供たちを留学させたいと父から言われた際、英語もほとんど喋れない中、自分もその地に住むことに納得してくれた。

英語の喋れない母親と子供三人の留学生活が始まった時、地獄のような思いをさせたように覚えている。

自分の思いを吐露できる相手も居らず、わがままを言う子供達三人を抱えながら4年間、本当によく子供たちと寄り添い・悩みを聞き、明るく振舞ってくれていた。

本当に、頭が上がらない。

話は逸れるが、私は彼女が作る料理が大好きで、この世のどこで食事をするよりも好きだ。

特にコーンチャウダーやラザニア、グラタンは絶品である。

味もさることながら、大切に、丁寧に作られているその味は、私の過去の記憶と強い結びつきがある。彼女の作る味には歴史があり、相応の深みがある。

私が生きてきた時間は短い方ではあるが、これ以上の美味しい料理に出会うことは、もう無いだろうと確信してしまっている。

いつか彼女のレシピを一冊の本にして大切に保管したいな。

そんな彼女は、私が一人暮らしを始める前、恥ずかしそうに笑いながら「月に2回は帰ってきてほしい」と言った。それから、涙目になりながらも大切なことを教えてくれた。

それは、「ありがとう」と言う言葉が持つ、人を繋ぐ強さ。

「ありがとう」と言う言葉は強く、ちゃんとと伝えれば相手にきちんと届き、連鎖していくと言うことを教えてくれた。

両親が老いて、どうにもならない状況になり、私たち子供に迷惑をかける存在となったとしても、どうか兄弟とは支えあいながら「ありがとう」と伝え合い、仲良くしてほしいと。

なるべく長くは生きたくないけど、家族だけは常に仲良く居てほしいと。優しい声でそう言ってくれた。

そして、「友人でも、お金を貸すことは『あげても良い』と思った相手に限ってすること」も教えてくれた。

信じた相手でも裏切られることはよくあると言うこと。

金銭に関して、人はどこまでも汚くなれることを。

父が深く傷ついたその類の話を自分のこととして捉え、教えてくれていたことは、とても印象に残っている。父が傷ついたことは、母も傷つく話となり得ると言うことに。

父の話

父は厳格な志を持ち、道を切り開き、家族を守ろうとする強い意志を持つ男性である。

儒教が強く根付いている時代に、自由な愛を探し求め、国籍の違う母と出会い、祖父に勘当されようとも自分の正しいと思った道を貫き通した。

祖父は祖国の政治家で、人望も厚いが厳しい人だった。

その祖父の教えに反して、父親は自由に生きたいと願った。

勘当された後、彼の仕事内容は褒められたものではないと他者から言われながらも、家庭・家族を守るために必死に、強くたくましく生きてきた。

勘当されるとともに祖父の会社を辞めた彼は、自分の正しいと感じること・出来ることを実直に続け、スーパーや商社で仕事をこなしながら、子供を3人作り、良く育てていこうと本当に頑張っていた。

いつ、どのような状況になろうとも家族を守り最前を尽くそうとする彼の姿をみて、私の憧れと思うまでにそう時間はかからなかった。

彼が中学から大学時代にかけて留学していた経験があり、自分の子供にも同様の経験をさせたいと思っていたと言う話を聞いた。

また、それをさせるだけの稼ぎを得るため、日々努力していたことも知った。

彼のとった選択肢を振り返って「これを選択して良かったよね」と言うのは彼の口癖であるが、私は間違えていたとしてもそれが正しかったと思うよ。

今でも彼の話すこと、判断することはどの面を見ても正しく、尊重したいと思う。

一人暮らしの前日、「責任ある社会人となるように」と最後の別れ際に彼と握手した。

もちろんその約束は果たしていく予定だが、こんなところじゃない、もっと恩返しできることがあるはずだと、今は頭に考えを巡らせている。

何が言いたいかと言うと

両親に共通していることは、愛するものを大切にする気持ち、絶対に見捨てないと言う信念だ。

困っている時には道を指し示し、道を間違えた時には多少無理をしても引き戻す。

母の底知れぬ深い愛情、父の果てしない信念に包まれながら私は生きてきたのだと、これほど痛感する夜は無かった。

これを誰に分かってもらいたい訳ではない。

ただ、どんな環境にあっても、愛した人を支え、励まし、時に叱り、見放さない。

私は親から貰った人生をかけても返しきれない、途方もないこの愛を、全力を賭して返していきたい。

そして、この愛の形を周りにも分け与えながら生きていきたい。

周りから、"親の呪縛・洗脳にかかっている"と言われる事もある。

親の知人から、親の過去の悪い噂を吹き込まれる事もある。

もしこれが呪縛、ないしは洗脳にかかっているのであれば、それでも良い。

過去の悪い噂がなんだ。そんなものは知ったものか。

私たち家族に向けてくれた感情・行動に嘘偽りはない。

愛とは時間でもある。彼・彼女が長い、永い間費やしてくれたこの思い・時間を、他人のどんな言葉で傷つけられることが出来ようか。

私は、彼・彼女が人生を賭して教えてくれた生き方、愛し方について、真摯に愚直であり続けたい。そして、大切にしてくれた分、いやそれ以上に、それらを守り愛していきたい。

何一つ無駄だった事はないよ。

本当に、本当に、ありがとうね。

ずっとずっと愛しています。

これからも、どうぞよろしくね。

彼・彼女が健やかに、幸せに過ごすことのできる未来が来ることを願いながら、その命が尽きるまで、一緒に居られることを願って。


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